自分の肉体が男に愛された

耳元で千羽の鳥が羽ばたくような衝撃がして、次の瞬間、深い静寂の淵に沈んでいった。

 

夢とも現ともつかぬ境界をフワフワと浮かぶような感覚がいつまでも続いた。

 

徐々に皮膚の感覚がよみがえってくる。

 

ひんやりした空気の中にいる自分の姿が自覚できた。

 

それにしてもどうしてこんなに暗いのだろう。

 

自分はどこにいるのか。

 

どこまでも続く暗闇に放り出されてしまったのか。

 

両手で目を擦ろうとして、何かの異物を探り当てた。

 

何か、・・・何か目を覆っている物がある。

 

突然まぶしい光が飛び込んできて、思わず美奈代は顔を手で覆った。

 

アイマスクがずれたのだ。

 

それは、自分の肉体が男に愛された証拠だった。

 

男とは、こんなにも優しくて、こんなにも力強いものだったのか。

 

母が、一人の女として、聡志にのめり込む気持ちが分かるような気がした。

 

ガチャッ、そのときバスルームに続く戸が開いて、中から美奈代の知らない男が出てきた。

 

「キャアーーー!」

 

美奈代は高い悲鳴を上げながらベッドから転がり落ちるように下りて、裸身をベッドの陰に隠した。

 

「誰っ、あなた、誰?」

 

男はニヤッと笑った。

 

「徳能と同じ『煙突屋』の岩本です。

 

実は、彼には別件がありまして、途中で替わったんです。

 

アイマスクしてらっしゃいましたけど、やっぱり分かりませんでした?」

 

美奈代は岩本の言っていることがすぐに呑み込めなかった。

 

岩本はもう一度同じようなことを言った。

 

「じゃ・・・じゃ、私を抱いたのは、あなた?」

 

目をぱちくりさせる美奈代に岩本は鍛えられた体を誇らしげに見せるように胸を張って、

 

「そうです。」

 

と答えた。

 

「全然分からなかった・・・」ようやく美奈代は腑に落ちた。

 

「徳能と体格が似てるんで、無理もないですね。

 

あ、これ、どうぞ。」

 

岩本は美奈代に向かってバスローブを投げた。

 

美奈代は岩本に背を向ける格好でバスローブを身につけると立ち上がり、後ろを向いたまま言った。

 

「・・・あなた、私の初めての人です。

 

ありがとう。」

 

「いや、そんな、お礼だなんて、光栄です。」

 

岩本は素直に照れた。

 

夕方、佐々木夫人は自宅の廊下で、外から帰ってきた美奈代が玄関から上がってきたのに気づいた。

 

「サキちゃん、どうしたの、顔が赤いわよ。」

 

「別に。

 

何でもない。」

 

美奈代は夫人の脇をすり抜けていこうとした。

 

夫人はそれを止めて、

 

「ねえ、サキちゃん。

 

枝妻さんからいいお話をお受けしたのだけれど、どう?」と切り出した。