用意していたセリフ
「何、縁談?」
「母さん、私、その人と結婚して幸せになるかしら?」
「そりゃ、会ってみないと分からないでしょ、そんなこと。」
「私ね、今日、男と寝たの。」
藪から棒に美奈代は言った。
「えっ?」驚く母に、美奈代は
「今とても幸せよ、私。」
と言い捨てて走り去った。
それからしばらくたったある日の深夜、美詠子がオフィスで書類の整理をしていると、一本の電話があった。
「佐々木です。」
という電話の声が、佐々木夫人と違うことに気づいた美詠子が、
「あの、娘さんですか?」と問うと、しばらく間があって、「はい。」
と小さい返事があった。
「いかがでございましたでしょうか、ご満足頂けましたか?」と問う美詠子に
「はい。」
と今度は幾分大きな声が返ってきた。
しかし一転して、美奈代は「でも、」とまた声の調子を落とし、
「あの、私はずっとトクちゃん、いえ徳能さんが私のお相手だと思っていたのですが。」
と恥ずかしげに言った。
「ああ、そのことですか。」
美詠子は、このときのために、あらかじめ用意していたセリフを思い出しながら言った。
「当社は、非常に特殊な能力をもつ少数の社員で、毎日多くのオファーを処理しておりますので、お客様のステイタスやご利用状況に応じまして人間のやりくりをしているんです。
すべてのお客様の細かなご要望を満たすわけにも行かないので、新規入会の方とか、お嬢様のような例外的なご利用を認めた方には、そこら辺のところをご理解頂いているというわけです。」
「そうですか、いいんです、わかりましたから。
それで、次の週の土曜日は・・・。」
「次の週の、土曜日ですか?それでしたら、ご要望にお応えできると思いますが。」
「あの、二人ほど派遣して頂きたいのですが。」
「はいはい、二人ですね。
二人分のご負担ということになりますが、結構ですよ。」
美詠子は苦笑した。